2008年10月31日金曜日

「富岡鉄斎 仙境の書」と儒教


富岡 鉄斎(とみおか てっさい、1837年1月25日(天保7年12月19日)- 1924年12月31日)は、
明治・大正期の日本の文人画家、儒学者。日本最後の文人と謳われる。



鉄斎は、京都で生まれ、京都で亡くなる90年間の生涯で
一万点以上の作品を残したといわれている。

しかし、彼は自ら「わしは儒者じゃ」と語り、画工とみなされることを嫌ったのだと言う。

いきなり話が横道にそれるが、
では、「儒教」とは一体どんなシロモノなのか。



孔子の説いた儒教(儒家思想)は、紀元前の中国に興ってから2000年以上に渡って
東アジアで強い影響力を持ってきた思想だ。

具体的に言うと、儒教は「忠義」や「孝行」を重んじ、
人間の上下関係や、家族、友を大事にするという、という傾向が強い。



儒教の教義は、
五常(仁、義、礼、智、信)という徳性を拡充することにより
五倫(父子、君臣、夫婦、長幼、朋友)関係を維持することを教える。

五常
仁ー人を思いやること。孔子は仁を最高の徳目としていた。
義ー恩に報いる
礼ー仁を具体的な行動として表したもの。人間の上下関係で守るべきこと。
智ー学問に励む
信ー親睦を深める



さらに儒教が現在の中国、朝鮮、日本においてどのように取り入れられているかをみていくと、
儒教が社会に対してどんな影響を与える物なのかがもっとよく見えてくる。


中国
中国では近年、「儒教は革命に対する反動である」として弾圧され、特に文化大革命期には徹底弾圧された。
これは儒教思想が、社会主義共和制の根幹を成すマルクス主義とは相容れない存在と捉えられていたためである。
21世紀に入ると儒教は弾圧の対象から保護の対象となり再評価されつつある。

朝鮮
儒教文化が深く浸透した儒教文化圏であり、現在でもその遺風が深く残っている。
それだけに、恩師に対する「礼」は深く、先生を敬う等儒教文化が良い意味で深く浸透しているという意見もある。
一方で、儒教を歴代の為政者が群集支配をするために悪用してきた弊害も存在しているという意見もある。

日本
かつての日本的儒教=朱子学の思想は、武士や一部の農民・町民など限られた範囲の道徳であったが、
近代天皇制のもとでは国民全体に強要された。
軍部の一部では特に心酔し、二・二六事件や満州事変にも多少なりとも影響を与えたといわれている。
第2次世界大戦後、支配者に都合のよい前近代的な思想として批判を受け、影響力は弱まったが、
現代でも『論語』の一節が引用されることは多く、日本人にとっては親しまれている存在である。


なお、儒教を思想とみなすか宗教とみなすかでは見解が分かれているらしいが、
基本的には神の存在を完全に否定している事から、宗教として扱われるものではない
という見解が圧倒的に多い。
(以上、主にwikipediaー儒教を参照。)



話を戻す。

鉄斎はあくまで儒者が本職であり、絵画は余技だと考えていた。

儒教には学問に励むという教え(五常でいう智)があるけど
たぶん、”学問”の中に美術は含まれていなかったということだと思う。

しかし、画業を本業としなかったからこそ
自由奔放に絵を量産できた、という見方もできる。

鉄斎の絵にある風通しの良さのようなものは
そういったところから来るのかもしれない。

2008年10月30日木曜日

小浜温泉に入浴してニューヨークへ


今全米で熱い男「バラクオバマ・アメリカ大統領候補」

小浜温泉観光協会では、オバマ候補の応援企画として、11月4日まで、小浜温泉の各旅館・観光協会に投票用紙を準備しております。

抽選でペア1組様に、ニューヨーク旅行が当たります!

このほかに、小浜温泉の特産品などが総計300名様に当たります!!

投票期間は11月4日までとなっております。

是非この機会に小浜温泉へお越しください。



小浜市がオバマを応援しているという所までは知っていたんですが
さらにニューヨークをかぶせてくるとは。
まさかのコンボ技ですよ。

やるな小浜温泉観光協会

なんとなく、このダジャレを言いたかっただけなんじゃないか
という気もするが。


追記
この記事を書いた時点で
わたくし福井県の小浜市と、長崎県の小浜温泉を混同しておりました。
小浜市と小浜温泉はどちらもオバマ候補を応援してたんですね。
当選おめでとうございます。

2008年10月28日火曜日

映画いろいろ

今月もいろいろ面白い映画を観ました。



『レポマン』('84 米)
80年代のカルト映画で、
あるパンク少年が車のローンの取り立て屋になって事件に巻き込まれるというSFコメディ。
思いきりB級ですがひじょうに印象に残ります。



『ヒトラーの贋札』('06 ドイツ=オーストリア)
第二次世界大戦中に実際あった、史上最大の紙幣贋造事件ベルンハルト作戦がベースになっている。
実際に贋造されたポンド札は、当時の全流通量の約10%(!)に相当したらしい。





『ビューティフル・ルーザーズ』('07 米)
関西では公開が遅かった。


それと、今ダニー・ボイル作品でまだ観てなかったのを時系列で観てるんだけど
どうなんだろう、この人。最近の作品があまり面白くない。
『普通じゃない』('97)くらいまではすごく好きなんだけどなぁ。

BDとマンガと私。その2

前回のつづき。

BD作家のおはなしを聞いていて、
マージャンに「地方ルール」があるように
「漫画」も「日本人だけ」に通用しているような
いろんなルール(秩序)があるんだなと再認識したわけです。


僕も見た目以上に中身は日本人なので(←ココ笑うとこ)
知らず知らずのうちにそのルールを
採用している部分もあると思いますが

それの一つに”キャラクター志向”ってのが
あるんじゃないかと思います。
これはもしかすると、アニミズムからきてるのかな。
そのへんの解説は専門家の方に委ねますが
シンポジウムでジェルメーヌさんが言ってたのは、
(これは彼がシナリオライターだから
ということもあるんだと思いますが)

”キャラクターはあくまで物語のために用意するもの”

という意識が強いらしいです。
そこでいうと、漫画やアメコミは
BDに比べてキャラクターを重視している気がします。


「鳥山明のヘタッピマンガ研究所」より


主な理由としては

●漫画が雑誌連載っていう形式をとっている
●キャラクタービジネスがさかん

などが考えられると思います。


でも日本人って理屈抜きで
とてもキャラクターが好きだと思う。
キャラクターやマスコットって、巷にあふれてますよね。
コスプレやフィギュアも好きだし
最近は二次元キャラと結婚しようとする人もいるみたいです。

むしろ、日本人のキャラ好きを含めた指向性が
漫画という表現形態を形作って来た
と考える方が自然なのかもしれません。


BD作家のニコラ・ド・クレシーが、2005年に来日した時の経験を基に
「新しき神々」(『JAPON』に掲載)という短編漫画を描いたことがあったんですが

この作品で彼は、日本人のキャラクター好きを
八百万の神の世界観にも通ずる、一種の”信仰”として捉えています。


「新しき神々」(作・ニコラ・ド・クレシー) より


BDの中にも、もちろんキャラが印象的な作品はあるけど、
漫画やアメコミほどではない。

BDのアルバムっていうのは、要するに
「クリスマスにプレゼントするような物」なんだそうです。
日本でいえば、絵本や工芸品に近い存在なのかもしれません。

シンポジウムに来ていたお三方もまさしく
工房の職人さんみたいな雰囲気でかっこよかったです。

2008年10月24日金曜日

BDとマンガと私。

10/13に、BDと漫画文化に関するシンポジウムに参加しました。
(BD=バンド・デシネ、略してベーデー、またはベデ。フランス語圏の漫画みたいなもの。)

このシンポジウムは京都マンガミュージアムで開催されている
「フランス語圏のマンガ—バンド・デシネの歴史と展開」展の開幕を記念して開かれたものです。


『Samurai(サムライ)』の原作者ジャン=フランソワ・ディ・ジョルジョ氏と
作画家フレデリック・ジュネ氏、
『L’Écorché(皮をはがれた男)』の原作者フローラン・ジェルメーヌ氏、の3人が来ていて
BD研究者の原氏の通訳を通して、いろいろ話を聞かせてくれました。


僕がBDを読み始めたのは
(...といってもフランス語はわからないから絵を眺めるだけだけど)
大学に入ってからだったと思います。
はじめはメビウス(BD界の大巨匠)のことも知らなかった。

メビウスの絵。

BDは”アルバム”って呼ばれる絵本のような形式で出版するのが主流なんですが
一冊単価が結構高いから、学生の頃はよく食費を削って
中野のパピエで買っていました。


たぶん、日本人だったら
ジブリの宮崎駿や、AKIRAの大友克洋は知ってても
BDは見たことない、という人は結構多いと思います。

でもたぶん、BDがなかったら
今頃その2人も違うかんじの作品を作ってたんじゃないかと思う。
特にメビウスの存在はでかいはずです。
手塚治虫の画風も、一時期メビウスへの傾倒が見られたりします。

ちなみに、宮崎駿とも交流があり
メビウスの娘さんはナウシカという名前だそうです。


メビウス×宮崎駿の対談


アメリカを中心にしたコミック文化
フランス語圏を中心にしたBD文化
日本を中心にした漫画文化

この3つにはそれぞれ違った良さや面白さがありますが
最近はお互いの間で交流があってコラボ作品なんかも生まれています。
もちろん、それ以外でも「漫画的」なものは世界中にあります。


僕は、漫画家やアニメーターというのは
職業である前に、人間に備わったひとつの性向、性質のようなものだと思っています。
だから当然、そういうものの始まりというのは
漫画の歴史が始まる遥か以前にあっただろうし、
それは今でも、誰でも持っているようなものなのではないかと思います。

『Samurai(サムライ)』作画家フレデリック・ジュネ氏は
ちょうど僕と同じ年だったんですが、
彼の作品を見ていると、言葉は通じなくても
やはり絵や線から伝わる物がたくさんありました。

まあ、そもそも言葉にできないから絵を描くわけですが
こういったコミュニケーションは言語にはない深度があると思います。

もちろん、ある部分では自分と対称的だなと思うところや
これは俺には描けないな、と思うところもたくさんありました。

そういう所を探っていくと、
(これまた言語化しづらいんですが)
ある程度、自分の思考(あるいは「漫画」の思考)
を客観的に意識できたりします。

次はそのへんのことをもう少し掘り下げたいと思います。

2008年10月20日月曜日

カ ー ゴ ・ カ ル ト 考

(10/8 カーゴ・カルト&レヴィ=ストロースの続きです。)


YouTubeにカーゴ・カルトの映像がありました。
僕の記憶が正しければヤコペッティの「世界残酷物語」からの抜粋だと思います。




ひとまずカーゴ・カルトのまとめ。


今日はまず、話が枝葉末節にとらわれないようにするために
仮に3つの視点(ポジション)を設けることにする。
あくまでこれは便宜的なものであって、
実際にその場所には、人の数だけ違った視点があったはずだ
ということを最初におことわりしておく。

<1> 支配者
<2> 被支配者
<3> 学者

<1>19世紀末、主に経済的な目的や戦略基地の建設のために
競ってメラネシア社会に進出したのは
イギリス、フランス、オランダ、ドイツ、オーストラリアである。
20世紀半ばには日本軍もニューギニアに侵攻している。
カーゴカルト、という言葉を初めて公で使ったのは
豪領ニューギニア軍事政府の准尉、ノリス・バード。
彼は1945年11月号の『パシフィック・アイランズ・マンスリー』誌で
初めてカーゴカルトの記事を書いた。
つまり、カーゴカルトという言葉自体、<1>が作ったものだ。

<3>の学者(ここでは主に人類学者のこと)も
もともと<1>と同じ立場に身を置く者であって
そのことが大きな葛藤も生んでいるように思う。

メラネシアの住民の多くが<2>被支配者に入る。
彼らの多くは、集権的な政治組織をもたず、
ひとつの政治的勢力を結集して行動するようなことはなかった。


<1>は<2>を野蛮と見なし、その支配を正当化しようとしてきた。
しかし<2>は、<1>の行った植民地行政やキリスト教化が進むに従い
独自に新しい社会の形を模索し始めた。

そもそも多くのメラネシア人にとって、無秩序な経済の変動や
それを内包する西欧の社会は理解に苦しむものだったようだ。
武力によって自分たちを支配する白人への嫌悪と、
白人の所有物への羨望、という相反する2つの感情が
”本来はメラネシア人の物であるカーゴ(積み荷)を白人達が横取りしている”
という神話を生み出した。
(少なくとも一部の人類学者は彼らの行動をそう解釈した。)

しかし<1>ー支配者側はその過程をうまく咀嚼できなかった。
西欧人にとっては、経済と宗教の間に関連性を見出すような
メラネシア人の宗教運動はまったくナンセンスなものでしかなかった。


こういった支配する側とされる側の微妙な緊張関係の中で
カーゴ・カルトという語り口が生まれた。


ではなぜ、このタイミングでなくてはいけなかったのか。

実は、支配者側はこの時、「さらなる支配の強化」を押し進めるための口実を探していて
「カーゴ・カルト」は、”弛緩した支配が招く悲劇”というラベルを貼るのに好都合だったのだ。

つまり、首輪をゆるめるとこんな悲劇が起こるよ、という言説に説得力を持たせるために
カーゴ・カルト活動が利用されたのだ。


このようにして、いわば策略的に生まれたカーゴ・カルトの語り口は
人類学者達の間で議論になる。
(この議論は一般人にはちょっと難解なものですが
詳しく知りたい方は下記文献をあたってみて下さい。こちらも参考までに。)

個人的に興味深かったのは、
その過程で「カーゴカルト」というカテゴリー自体が
解体されていったということだ。


西欧人は、メラネシアの人々の技術や工芸品を見て、それを「文化」と呼ぶが、
メラネシア人は西欧文化を見て、それを「カーゴ」と呼ぶ。
この二つの言葉は、ある程度お互いの「鏡像」になっているのだ。
つまり西欧人は、自分の内面の一部を
彼らの姿に投影していただけかもしれない、ということになってくる。


カーゴ・カルト論争は最終的に
「カルト的他者とは、帝国側自身の姿であってカーゴカルトはそれ自体存在しない」
という地点まで行き着く。

しかし、人類学者や社会学者がこの議論に拘泥している間に
カーゴ・カルトの語り口は独り歩きを始め、一般化してしまったようだ。

カーゴ・カルト運動はその後、
政治的、経済的に白人と対等な立場を築こうとする運動へと発展していった。
啓示的な神秘主義から世俗的な政治組織へ、
すなわち宗教的運動から政党や協同組合への転換という傾向がみられ、
同時に千年王国ははるか遠い未来、あの世に実現するとしんじられるようになり、
より受動的な運動になっていった。




三者を宗教という切り口から見るとどうか。

<2>の宗教運動はもともとあった土着的な精霊信仰に加え、
<1>が持ち込んだキリスト教に大きな影響を受けているが
それは次第に<1>が持て余すような形へと発展し、
両者の宗教的な世界観のつながりはねじれていった。

<3>人類学が学問分野として組織化されたのは19世紀の半ばだが
主な学会の前身になった原住民保護協会は
クエーカー(プロテスタントの一派)や福音主義者などの
人道的運動から発展した組織だ。
人類学の出発点は、キリスト教的な博愛主義なのだ。

つまり三者とも、元を辿れば何らかの宗教(観)に行き着く。




『千年王国と未開社会』の著者のピーター・ワースレイは
本の序論にこんな文章を添えている。

このような(カーゴカルトのような)運動はヨーロッパから遠く離れた地域特有の現象ではなく、ヨーロッパ史の中にも発見できるし、世界の至る所で発生している。それゆえ、これらの運動に関する文献は膨大な量にのぼり、一人でそれらすべての運動を調査することは不可能に近い。集約的な共同研究によっても、世界のあちこちで長い間に渡って発生し、しばしば様々な言語によって記録されている運動の資料を部分的に発掘できるにすぎない。(括弧内は筆者の補足)



同じようなことは今でも身近に起きている気がする。


ライト兄弟が、人類初の有人動力飛行を行ったのが
1903年 12月17日、ノースカロライナ州 キティホークでのことだ。
ライトフライヤー号が初めて空を飛んだ時
それを見ていた観客はわずか6人しかいなかったそうだ。
その後、飛行機は二度の大戦とグローバリゼーションを経て大型・高速化し
国境を越えて飛び回るようになった。

この乗り物がもたらした、カーゴ・カルトという思わぬ副産物が
20世紀という時代の一側面を浮き彫りにしている。




ジョン・フラム・デイの模様

カーゴ・カルトの大半は21世紀までに消滅したが、
現在でもカーゴカルトの流れを汲む「ジョン・フラム信仰」が
バヌアツのタンナ島で続いており、
ジョン・フラムが再来するとされている2月15日には毎年祭りが開かれている。
バヌアツ国会にはジョン・フラム信仰の議員も存在する。

バヌアツの島々には以前、欧州人の名付けた
ニュー・ヘブリデス諸島という呼び名があったが
1980年に独立した際、現在の国名に改名された。

「バヌアツ」とは現地語で「私たちの土地」という意味だそうだ。




(参考文献)
『千年王国と未開社会』(著/ピーター・ワースレイ 訳/吉田正紀)
『思想化される周辺世界』(岩波講座 文化人類学第12巻)

2008年10月18日土曜日

無題

カーゴカルトに関してもっとよく調べるために
図書館の本を読んだりしているんだけど
(これはしょっちゅう耳にすることだけど)
ネット上で得られる知識って
いざという時たよりにならないということがよくわかった。

結局は、手に入りやすい分
あまりリアリティのないものなんだね...。

自分の血肉になるような知識を得るには
それなりの手間と時間がかかる。

2008年10月15日水曜日

グ レ ン ・ グ ー ル ド

グレン・グールドを聴く。


グールドは31才で演奏会からドロップアウトしました。



↑バッハのゴルトベルク変奏曲は彼の有名な演奏。


愛読書は 夏目漱石の「草枕」。

レクター博士はグールドのファンらしい。

2008年10月11日土曜日

El Doctor (2006, 23 min.)



スーザン・ピットってまだ作品作ってたのね。
2006年の新作見逃してました。

個人的にすごくうれしい。



最近はメキシコに行き来しているらしく
作品にもだいぶその影響が出ていました。


やっぱりアニメは手作り&手描きが良いです。
彼女は常に新しい技法を取り入れて、作る度にまったく違う世界を創造する。
それでもやっぱり、どれもスーザン・ピットの世界なんだよね。

簡単にできることじゃないです。


↑『アスパラガス』('79)の劇場のシーン。名作でしょうこの作品は。


↑『ジョイストリート』('95)これも名作でしょう、そうでしょう。


ノルシュテインも、シュヴァンクマイエルも
一つの作品作るのに何年もかかったりする。
アニメって時間かかるのが当たり前だし
それを何年も待つのも楽しみの一つだと思う。


アスパラガスBOX スーザン・ピット:魔法のアニメーション

2008年10月8日水曜日

カーゴ・カルトとレヴィ=ストロース

9/29 カーゴ・カルト
10/4 続 カーゴ・カルト の続きです。



僕は『世界残酷物語』に出てきたカーゴ・カルトを観て
彼らがなぜそういう行為に至ったかを
彼ら自身の口から聞いてみたい、と思った。
(実際はカーゴ・カルトはもう存在しないから無理だけど。)
カーゴ・カルトを美化したいわけではないが、
もしかしたら彼らの身になれば共感できるところが
あるかもしれない、と思ったらからだ。

これは今から40年以上も前(1961年)に撮られた映画だし
ヤコペッティを批判するつもりはまったくないけど
メラネシアの人々をいわゆる「未開人」扱いしてるのも少し気になった。


しかし、それとほぼ同時代に
こんなことを言ったフランス人の学者がいた。

「オーストラリアの、ある原住民の結婚ルールは
抽象代数学の群の構造と全く同じである。」

つまり、現代数学の最先端の成果と思われていたものが
「未開」と見下していた人々の結婚のルールと同じ仕組みだったのだ。
これを見つけたのがレヴィ=ストロースだ。


クロード・レヴィ=ストロース

レヴィ=ストロースは『野生の思考(パンセ・ソバージュ)』(1962年)などにおいて、従来の「野蛮(混沌)」から洗練された秩序が形作られたとする西洋中心主義に対し、混沌の象徴と結びつけられた「未開社会」においても一定の秩序・構造が見いだせると主張しオリエンタリズム的見方に一石を投じた。
(wikipedia)


もしヤコペッティがレヴィ=ストロースと一度お茶でもしていたら
この映画もまったく違う映画になっていたかもしれない。

レヴィ=ストロースの見いだした秩序・構造とは
一体どういうものだったのか。
実際に彼に関する本を読んでもらうのが一番良いと思うけど
「親族の基本構造」の研究のあたりはかなり面白いので
ちょっとだけ紹介したいと思う。

(以下、主に『はじめての構造主義』橋爪大二郎・著 を参照しました。)


1940年代、人類学の世界ではインセスト・タブー(近親相姦の禁止)
がひとつの大きな謎とされていた。
人間が近親相姦を禁止する理由は
「遺伝上の悪影響があるから」だとか
「道徳的な理由」だと思われがちだが
(僕もだいたいそんなかんじだと思ってた)
どうも理由はそれだけではないらしい。
というのは、インセスト・タブーは人類のすべての文化で見られるが、
中には「父方のイトコは禁止だけど、母方のイトコはOK」
というよくわからないルールの部族があったり、
”遺伝に悪いから”という理由だけでは説明がつかないほど
非常に広い範囲の人たちを結婚の対象から外す社会もあったりするからだ。
それらのいろんなインセスト・タブーのバリエーションを
合理的に説明する方法はそれまでなかった。

でもレヴィ=ストロースは、
それをたったひとことで説明してしまった。それは

「結婚とは、(女性の)交換だから」

ということ。
なぜこういう結論になるのだろうか。


まず「交換」というものをよく考えてみる必要がある。
たとえば僕らの身近には「お金」というものがある。
お金は、いろんな物や、情報などと「交換」できる。
でも、無人島や他の惑星に行ってしまえばお金は「ただの紙切れ」だ。
つまりお金は「価値があるから交換できる」のではない。
「交換できるから価値がある」のだ。
その時、交換の媒体になるお金には、他に使い道がない方が良い。
たとえばお金がおいしい海苔で出来ていて
それでおにぎりをにぎって食べてしまう人が続出してしまったら
交換が成り立たないでしょ。

ストロースは、婚姻も交換の一種である、とした。
「婚姻」が「女性の交換」だとしたら
その交換システムを成立させるためには
同じ集団のメンバー(男性)の間で
交換の媒体となる女性の価値が閉ざされる必要がある。
それがインセスト・タブーである、と。
つまり「親族」というのは、女性を媒介とした
コミュニケーション(交換)のシステムだ、ということを
レヴィ=ストロースは言ったのだ。

(一応、ここで淑女の皆様におことわり。
男が「交換の主体」で、女が「交換の対象」になるのは、差別ではなく
男は子供を産まない=交換物としての価値がないからだそうです。)


ストロースは、音韻論や、数学や、あらゆる他分野の学問を駆使して
インセスト・タブーのバリエーションや
親族構成そのもののかくれたルールを見事に説明してしまった。
(詳しくは本を読んで下さい。コチラ→「内田樹の研究室」も参考までに。)


最初に社会があってそこに交換が生まれるのではなく
交換の仕組みそのものが社会のかたちを規定していく。
そして、それは「純粋な動機(交換のための交換)」にもとづくものだ
と彼は言った。
レヴィ=ストロースは『親族の基本構造』を書いた後
さらに人間社会を女性・物財・言語の三重の交換システムとみなそう
という試みにも挑んでいる。


彼が言うように、もし社会の基本が「交換のための交換」なら
いわゆる「経済」のような、大きな利害を生むシステムは
応用編、というか、特殊に発達した交換システムだといえる。

飛行機を生まれて初めて見たメラネシアの人々のリアクションは
その巨大な交換システムの前に立たされた人間のメタファー
だったのかもしれない。


レヴィ=ストロースは神話の研究にも没頭した。
神話には一定の秩序があり
この構造は主体の思考によってはとらえられない不可視のものだ、とした。
こうしてレヴィ=ストロースの構造主義は、
あらゆる近代の思想が前提としてきた「主体」という概念を解体した。
.....とされているんだけど、そろそろ知恵熱が出そうなので
とりあえず今日はここまで。
レヴィ=ストロースは今年100歳で現在もご健在だそうです。

興味のある人はぜひ関連本を読んでみてください。
(ついでに、もし明らかな間違いがあったら教えて下さい。)

2008年10月5日日曜日

グァルティエロ・ヤコペッティ

※注意 刺激の強い映像が含まれます。

カーゴ・カルトを掘り下げる前に、
それを知るきっかけになった
『世界残酷物語』('62 伊)の監督
グァルティエロ・ヤコペッティに関する映像をみつけたので
貼っておきます。

世界の野蛮で残酷な奇習・風俗を描いた、というフレコミの
ドキュメンタリー映画『世界残酷物語』は
当時、世界的な大ヒットになったものの
やらせや捏造がたくさんあって問題になったらしい。

ま、やらせだから面白いんですけどね。

2008年10月4日土曜日

続 カ ー ゴ ・ カ ル ト

この間書いたカーゴ・カルトのことが
まだなんとなくひっかかっている。

wikiによると、現在「カーゴ・カルト」という言葉は

●模倣行為、または、思慮不足の為に行った無駄な努力・儀式
●表層にだけ拘り実態を見ない行為

としても使われているらしいが
しかし一方で、「カーゴ・カルト」という概念自体が
西洋人の錯覚だ、というような意見もあるらしいのだ。

「カーゴ・カルト」という言葉は
「インディアン」と同じような
大きな誤解に基づいた言葉なのか?


ネットで検索すると
wikiよりは多少詳しい情報もみつかったが
内容が浅すぎるか、逆に文章が難しすぎて、まだ腑に落ちない。
(ものごとを難しく説明する人って、あたしきらい。)


これはあくまで僕の勘でしかないんだけど
カーゴ・カルトと呼ばれることになった
メラネシアの原住民たちの視点に立つと
「世界残酷物語」で描かれていたものとは
ちょっと違った景色が見えるような気がする。

少なくとも、彼らの行為が
「思慮不足の為に行った」ものだった
と結論づけるのは短絡的な気がする。


ネットでカーゴ・カルトを調べるうちに
まず手始めに、レヴィ・ストロースという学者が
一体どういう学者だったのかを調べた方が良さそうだ
というヒントを得たので
彼がとなえた「構造主義」から調べることにした。

(つづく)

2008年10月1日水曜日

おしらせ

以前ちょっとお知らせしたんですが
「へんな子ちゃん」という漫画を連載してた
フラッシュ・エキサイティングが休刊することになったみたいです。

もう少し早く僕がグラビアに出ていれば
こんなことにならずに済んだはずなんですが(笑)
楽しみにして下さっていた皆さん、本当にすみませんでした。

今後漫画を描く予定は特にありませんが
また機会があれば挑戦したいと思います。