2008年10月8日水曜日

カーゴ・カルトとレヴィ=ストロース

9/29 カーゴ・カルト
10/4 続 カーゴ・カルト の続きです。



僕は『世界残酷物語』に出てきたカーゴ・カルトを観て
彼らがなぜそういう行為に至ったかを
彼ら自身の口から聞いてみたい、と思った。
(実際はカーゴ・カルトはもう存在しないから無理だけど。)
カーゴ・カルトを美化したいわけではないが、
もしかしたら彼らの身になれば共感できるところが
あるかもしれない、と思ったらからだ。

これは今から40年以上も前(1961年)に撮られた映画だし
ヤコペッティを批判するつもりはまったくないけど
メラネシアの人々をいわゆる「未開人」扱いしてるのも少し気になった。


しかし、それとほぼ同時代に
こんなことを言ったフランス人の学者がいた。

「オーストラリアの、ある原住民の結婚ルールは
抽象代数学の群の構造と全く同じである。」

つまり、現代数学の最先端の成果と思われていたものが
「未開」と見下していた人々の結婚のルールと同じ仕組みだったのだ。
これを見つけたのがレヴィ=ストロースだ。


クロード・レヴィ=ストロース

レヴィ=ストロースは『野生の思考(パンセ・ソバージュ)』(1962年)などにおいて、従来の「野蛮(混沌)」から洗練された秩序が形作られたとする西洋中心主義に対し、混沌の象徴と結びつけられた「未開社会」においても一定の秩序・構造が見いだせると主張しオリエンタリズム的見方に一石を投じた。
(wikipedia)


もしヤコペッティがレヴィ=ストロースと一度お茶でもしていたら
この映画もまったく違う映画になっていたかもしれない。

レヴィ=ストロースの見いだした秩序・構造とは
一体どういうものだったのか。
実際に彼に関する本を読んでもらうのが一番良いと思うけど
「親族の基本構造」の研究のあたりはかなり面白いので
ちょっとだけ紹介したいと思う。

(以下、主に『はじめての構造主義』橋爪大二郎・著 を参照しました。)


1940年代、人類学の世界ではインセスト・タブー(近親相姦の禁止)
がひとつの大きな謎とされていた。
人間が近親相姦を禁止する理由は
「遺伝上の悪影響があるから」だとか
「道徳的な理由」だと思われがちだが
(僕もだいたいそんなかんじだと思ってた)
どうも理由はそれだけではないらしい。
というのは、インセスト・タブーは人類のすべての文化で見られるが、
中には「父方のイトコは禁止だけど、母方のイトコはOK」
というよくわからないルールの部族があったり、
”遺伝に悪いから”という理由だけでは説明がつかないほど
非常に広い範囲の人たちを結婚の対象から外す社会もあったりするからだ。
それらのいろんなインセスト・タブーのバリエーションを
合理的に説明する方法はそれまでなかった。

でもレヴィ=ストロースは、
それをたったひとことで説明してしまった。それは

「結婚とは、(女性の)交換だから」

ということ。
なぜこういう結論になるのだろうか。


まず「交換」というものをよく考えてみる必要がある。
たとえば僕らの身近には「お金」というものがある。
お金は、いろんな物や、情報などと「交換」できる。
でも、無人島や他の惑星に行ってしまえばお金は「ただの紙切れ」だ。
つまりお金は「価値があるから交換できる」のではない。
「交換できるから価値がある」のだ。
その時、交換の媒体になるお金には、他に使い道がない方が良い。
たとえばお金がおいしい海苔で出来ていて
それでおにぎりをにぎって食べてしまう人が続出してしまったら
交換が成り立たないでしょ。

ストロースは、婚姻も交換の一種である、とした。
「婚姻」が「女性の交換」だとしたら
その交換システムを成立させるためには
同じ集団のメンバー(男性)の間で
交換の媒体となる女性の価値が閉ざされる必要がある。
それがインセスト・タブーである、と。
つまり「親族」というのは、女性を媒介とした
コミュニケーション(交換)のシステムだ、ということを
レヴィ=ストロースは言ったのだ。

(一応、ここで淑女の皆様におことわり。
男が「交換の主体」で、女が「交換の対象」になるのは、差別ではなく
男は子供を産まない=交換物としての価値がないからだそうです。)


ストロースは、音韻論や、数学や、あらゆる他分野の学問を駆使して
インセスト・タブーのバリエーションや
親族構成そのもののかくれたルールを見事に説明してしまった。
(詳しくは本を読んで下さい。コチラ→「内田樹の研究室」も参考までに。)


最初に社会があってそこに交換が生まれるのではなく
交換の仕組みそのものが社会のかたちを規定していく。
そして、それは「純粋な動機(交換のための交換)」にもとづくものだ
と彼は言った。
レヴィ=ストロースは『親族の基本構造』を書いた後
さらに人間社会を女性・物財・言語の三重の交換システムとみなそう
という試みにも挑んでいる。


彼が言うように、もし社会の基本が「交換のための交換」なら
いわゆる「経済」のような、大きな利害を生むシステムは
応用編、というか、特殊に発達した交換システムだといえる。

飛行機を生まれて初めて見たメラネシアの人々のリアクションは
その巨大な交換システムの前に立たされた人間のメタファー
だったのかもしれない。


レヴィ=ストロースは神話の研究にも没頭した。
神話には一定の秩序があり
この構造は主体の思考によってはとらえられない不可視のものだ、とした。
こうしてレヴィ=ストロースの構造主義は、
あらゆる近代の思想が前提としてきた「主体」という概念を解体した。
.....とされているんだけど、そろそろ知恵熱が出そうなので
とりあえず今日はここまで。
レヴィ=ストロースは今年100歳で現在もご健在だそうです。

興味のある人はぜひ関連本を読んでみてください。
(ついでに、もし明らかな間違いがあったら教えて下さい。)